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人間合格ブログ

サードウェーブ系ブログです。

菅付雅信の編集スパルタ塾 脱落者レポ

転職してから2年が経ち、いよいよ社会人歴も5年目に突入した。長崎に住んでいた期間より、東京での社会人歴の方が長くなった。「コンテンツを作りたかった」という退職エントリを書いてから9ヶ月後、異動・職種の変更があり、現在はもはや編集者という肩書は綺麗に消え去っている。しかし昨年度は「文章」という型にとらわれない「編集」を学んだ1年だった。

 

この1年間、菅付雅信の編集スパルタ塾(第四期)に通っていた。長崎で働いていた頃から内沼晋太郎さんが作る本屋が大好きで、彼が作った下北沢の本屋「B&B」で学びたいと思い続けていた。当時は物理的な距離から断念せざるを得なかったが、転職して東京に戻ってきたこともあり、ようやく安くはない講義料を一括で支払う覚悟ができた。

講師陣は『君の名は。』をプロデュースした川村元気さんや『ブルータス』編集長西田善太さん、『VERY』編集長今尾朝子さんなど、錚々たるメンバーだった。この方々が出す課題に対し、生徒であるわたしたちが企画を考え、指定の期日までにpptを提出。生徒の中から選ばれた者だけが講師の前でプレゼンを行い、講師から直々にアドバイス・ダメ出しをいただける。そしてプレゼンを行った生徒の中から1名が講師から選ばれ、表彰される。まさにスパルタな塾だった。

結論、わたしは途中で挫折した。全24回の講義のうち、参加できた講義が9回。そもそも課題をほとんど出せなかった。異動後の部署での仕事に追われ、毎日終電で帰る生活が続く中、この塾の課題を作り上げることは難しかった。しかし、わたし以外の生徒も多忙を極めていたはずである。登壇生徒の所属企業を聞いてみると、代理店や通信キャリア、医者、有名メーカーなど、皆忙しそうな方ばかり。だが、彼らは毎回作り上げてきていた。素人から見れば溜息が出るほど綺麗な企画書を。

2016年7〜10月にかけて、わたしの仕事はうまくいっているとは言えなかった。仕事もできず、お金を払って通っているはずの塾の課題すら出せず、講義に出席もできず、とにかく行き詰まっていた。優秀すぎる後輩を見て、自分の限界を実感していた。しかし10月、『新潮』編集長矢野優さんの講義。塾への出席は3ヶ月ぶりだし、もちろん課題も出していなかったが、他の生徒の発表は相変わらずめちゃくちゃ面白かった。

そして2017年3月、最終回。課題も出さず、出席率も低いダメ生徒だったが、内沼晋太郎さんが登壇する最後だけは仕事を全部放り投げてでも行こうと決意して、無事参加することができた。最終回の課題は「"編集"を定義せよ」。

この塾に参加するまでは、私の中の「編集者」はあくまでも「あるテーマによって物事を分類し、素材を集めてひとつの媒体を作り上げる人」というイメージだった。しかしこの塾に通うことで、編集の仕事のイメージが大きく拡張されたように思う。本や雑誌、WEBというのはひとつのアウトプットの手段であり、クライアントやテーマ、課題によってその方法も変わる。それは空間やサービスかもしれないし、時間そのものの編集が必要な場合もある。「編集力」が活きるのは仕事だけではない。自分の人生において「何をするか・何をしないか」を決めるのもまた編集である。

ということを、この講義を通して身をもって学んだ。このような塾は、通いきって結果を出した人の受講レポはたくさん出てくる。しかし、私のような脱落者のレポートはほとんど存在しないのではないか。課題すら満足に出せなかった身としては恥ずかしいが、せめて受講料を払った形跡として自分のために残しておこうと思って書いた。

課題も出せず、登壇もできなかったが、所属も職種も違う大人たちがガチ企画を持ち込み、講師の前でプレゼンバトルを行う光景を目の前で見ることができただけでも受講料を払った甲斐があった。仕事忙しいけど通えるかどうか、、と不安に思いながらも「ひとまず受講料払ってから考えよう!」と一歩踏み出した過去の自分と乾杯したい。

 

これからのキャリアで、私に「編集者」という肩書がつくことはもうないだろう。スパルタ塾に通いつつ上司や先輩から仕事を学んだこの1年、今の仕事は「編集者」を名乗りはしないものの、やっていることは「ほとんど編集」だと思っている。いわゆる「紙やWEBの編集」ではない編集の世界を夢見て、今年度は一層仕事に励みます。

 

執筆者備考:13年4月、新卒で通信キャリアの代理店営業として長崎に配属されるも、編集者・コンテンツへの憧れが消えず2年で退職。15年4月に転職し、オウンドメディア編集者に。やっと夢が叶うと思いきや新部署立ち上げのため16年1月に異動・職種変更、今に至る。

有島武郎『小さき者へ』

自殺した友人の三回忌が近い。

当日、あいつからきたあのメールに返信していたら少しでも生きるきっかけになったかもしれないのに、アホだなあ。

いま生きていたらさぞや美味い酒が飲めただろうに、アホだなあ。

何十回も繰り返した後悔と得体の知れない虚無感。

 

自殺を知らされた次の日から二日間は「家に帰ってひとりになったら後追いする」という強迫観念に駆られ、外泊を続けた。

死に顔を見てしまったら気が狂うかもしれない、と葬式を恐れた。

けれど三日後、何もなかったかのように出社し、葬式に行っても狂わず、

三年後のいまも平然と生きているのは、彼が残した一冊の本が強烈だったからかもしれない。

 

離婚・死別・家出・殴り合い・怒鳴り合い・婚外子・借金。

幼少期・思春期の「家庭環境の問題」ただそれだけで実際に死んでしまう人間もいる。

周囲が幸せそうに笑っているなか、どうしても溶け込めずに、ひとりで生きる道を選ぶ。

 

もちろん、成人すればある程度は解決するが、心の底が晴れることはない。

大変アピールはダサいと知っているから、何事も軽やかに笑い飛ばす。

多くは語らなかったが、彼も例外ではなかった。

その彼が、亡くなる数週間前に私に貸した本が有島武郎の『小さき者へ』だった。

父親から子に宛てたその文章が放つどうしようもないさみしさがたまらなく人生の本質を描いている気がして、この本が手元にある限りは生きていようと思った。

 

有島武郎 小さき者へ

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine

欲望の話

編集という仕事

強欲である。自他問わず睡眠欲・食欲・性欲・その他ありとあらゆる欲の先にある世界に触れてみたいと思ってしまう。

欲の根源が好奇心であれコンプレックスであれ、そこに欲がある限り消費文化は果てなく続く。

「欲を可視化する仕事」といつかどこかの編集者が言っていた。

昨年4月に転職し、なんちゃって編集者としてWEBメディア界隈にどっぷり浸かった9ヶ月間は、人間の欲について延々と考え続けていた。

 

退職エントリその後

昨年の5月頃、社名を出して退職エントリを書いた。

あれについては今でも突っ込まれることが多く、正直恥ずかしい!と思っている。

そもそも自分の意志で書いたものではない、社名を出すつもりはまったくなかった、などなど、こちらで言い訳させていただきたいことは山ほどあるが、今さらぐちぐち言っても遅い。いちど公開してしまったものを削除することほど恥ずかしいことはない。

であれば、自分の得になりそうな方法を考えるしかない。

本気でWEBメディア編集者として生きるなら、自分のブログ運営くらい楽勝でこなさねば……と考え、googleアドセンスやらアナリティクスやら何やら導入したが、12月末で異動となり、編集業からは離れることとなった。

 

相談を受けることが増えた

「編集者」という肩書きが消え、営業組織だかなんだかよくわからん生まれたてのチームに配属され、運良く自分がずっとやりたいと思っていた仕事を担当することができた。こんなところで夢が叶うとは思ってなかった!とガッツポーズしてウオーーーと叫んでまわりたい気持ちだったが、3月末はキャパオーバーしてはじめて会社で泣いた。

社会人になり3年が経つのにいまだに要領が悪く、周囲に迷惑をかけてばかりで本当にどうしようもない25歳だなーーーアホーーーーーー

とは思うものの、できることは毎日少しずつ確実に増えている。

 

退職エントリをきっかけとし、前職の内定者から会いたいという連絡をもらうこともあった。顔も名前も知らぬ他人へアドバイスなんておこがましいことを自分がすべきではないと思いつつ、即返信して会った。

「前職と別の会社のどちらに行くか迷っている」という相談だった。

選択肢として私が提示できるのは下記の4つ。

①私の前職

②別の会社

③私が今勤めている会社

④独立やその他の道

 

立場上、③で話を進めたかった。

が、①を結論として話してしまうくらい、前職が好きだった。

後日、「①に決めました」と連絡をもらったときは思わず笑みがこぼれるくらい、前職に入社したことも、今の会社に転職したこともまったく後悔していない自分がいることに気付いて、これはなかなか幸せな人生だぞ、とニヤニヤした。

 

欲に忠実な人間でありたい

きっと彼は私の結論を聞かなくても①の道を選んでいたのだと思う。

①を選びたいという潜在的な欲を「おまえは正しい」と肯定することでその後の行動を後押しする。

今の私の会社には、そういう人間が多い。

 

彼はどのような気持ちで先日の入社式に臨んだのだろうか。

「内定先OGの本音を知りたい」という純粋な欲だけで、退職後の私に連絡してきた彼に負けないよう、私も引き続き欲深く生きたいと思う。

 

ちなみに、昨年お遊びで導入したアドセンスは毎月100円の利益を出している。

検索ワードに人間の欲が見える。

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EXILEが好きならインド映画を観るべき

 

インド映画祭に行ってきた

 2015年10月中旬の日曜日、インド映画祭で放映されていたインド映画『バン・バン!』を観た。

 インド映画祭は毎年10月頃に東京・大阪で開催される映画祭だ。日本の映画館で公開されていないインド映画がここで観られるということもあって、毎度インターネット上で盛り上がり、満席の回も多く出る。

 2013年、2014年は仕事の都合上行けなかったが、今回は念願叶ってようやく参加することができたので記念にブログに残しておく。

 

インド映画にハマったきっかけ

 はじめて渡印し、現地の映画館でインド映画を観て、その熱さと勢いに惚れてから早5年。私はジャイプルの映画館で観た『マイネーム・イズ・ハーン』の衝撃が忘れられず、帰国後もことあるごとに日本で公開するインド映画を見つけては映画館へ出かけていた。

 最近ようやくインドの著名な俳優女優の顔と名前が一致するようになり、さらにインド映画を楽しめるようになってきた。

 

インド映画の一般的イメージ「とりあえず踊ってる」は正しい

 2012年あたりから、日本でもインド映画が浸透しはじめ『ロボット』『きっと、うまくいく』をはじめとするインド映画がレンタルビデオ店の貸出ランキングに並ぶことも増えた。

 インド映画を観たことがない人にインド映画のイメージを聞くと、大抵「とりあえず踊ってるやつでしょ?」と返ってくる。

「ストーリー薄そう」「爆発シーン多そう」「インド人、顔の見分けつかなそう」「ラブストーリー多そう」という印象を抱く方もいるかもしれない。

あながち外れてはいない。だいたい合ってる。

しかし実際は、社会問題を色濃く反映している映画や、ハリウッド映画顔負けのアクションシーン満載の映画など、多種多様。

インドは「なんでもアリの国」というイメージ通り、映画内でも「なんでもアリ」だ。嬉しくても悲しくても「とりあえず踊る」そのわけの分からない元気さが魅力となり、わたしたちインド映画ファンを惹きつけてやまない。

 

EXILE好きがインド映画を観るべき理由

オススメのインド映画についてはまた別の機会に書くとして、今回は「EXILE好きな人こそインド映画を観るべきかもしれない」と思った理由を述べる。

まずは、インド映画祭の会場でも流れたこの動画(20秒〜)を見てほしい。

 

www.youtube.com

 

そしてこれを観てほしい(約4分)。

www.youtube.com

私が今回観たインド映画『バン・バン!』のワンシーンだ。

お分かりいただけただろうか。

 

インド映画とEXILEの類似点

1. とりあえず踊る

 失礼ながら、さきほどあげた動画をインド映画祭で観るまで、私はEXILEにまったく興味がなかった。「とりあえず踊る人」と「とりあえず歌う人」が集まっているグループだと思っていた。しかしさきほどの三代目JSBのCMはどうだろう。まるでインド映画のワンシーンのようではないか!?

 踊る必要がないシーンで真顔で踊る男たち。格好良い。不覚にも三代目JSBのことをもっと知りたいと思ってしまった。ということは、EXILEファンもインド映画に出てくる俳優に不覚にも惚れる可能性があるということではないか!?

 踊りが上手い男たちに魅了される、という点でインド映画とEXILEは似ている。

2. 無関係の人も踊る

 ポッキーのCMのラストシーンで踊る母と子。劇中で踊る脇役たち。名前がない彼らの存在感はとてつもなく薄いが、主人公・ヒロインを引き立てるためには必要不可欠である。主人公のテンションを動画でうまく表現し、一体感を出すために踊る彼ら。画面の前にいる私たちはその瞬間、自分もまるで踊っているかのような錯覚を起こす。自然と楽しい気分にさせてくれるそれはまるで麻薬だ。

 名無しのモブキャラも全員踊る、という点でインド映画とEXILEは似ている。

 

www.youtube.com

全員踊る

3. ウェーイ

 もともと根暗な私には、インド人もEXILEもアホみたいにポジティブに見える。しかし彼らも人間である。死にたいくらい悩むこともあっただろう。でも、落ち込んでいても仕方ない、なんとかなるやろ、という精神が踊りから伝わってくる。私はそのメンタリティーに元気付けられる。

 ウェーイ、という点でインド映画とEXILEは似ている。

 

www.youtube.com

ウェーイ 

4. 無駄にきらびやか

 インド人もEXILEも金色がよく似合う。肌が黒いからよく映えるというだけかもしれないが、画が無駄にきらびやかだ。 観ているだけでゴージャスな気分になれる。ような気もする。

 無駄に金色が多用されている、という点でインド映画とEXILEは似ている。

 

 www.youtube.com

金色がまぶしい

 

ということで、今までインド映画を観たことがなかったEXILEファンの皆様は一度インド映画を試してみていただきたい。

逆に、EXILEに興味がなかったインド映画ファンである私は、今後EXILEの活動にもっと注目していきたいと思う。

カレー屋は店主で選べ

紅白のXJAPANに興奮し、気付いたら2016年。

あけましておめでとうございます。

 

今更ですが、カレー Advent Calendar 2015の24日目を公開します。

===

 

大好きな店がある。

五反田の「かれーの店うどん」と長崎の「チャイ屋マドゥバニ」。

 

tabelog.com

tabelog.com

 

この2店舗の共通点はもちろんカレーがうまいこと。

そして店主の個性がとがりすぎていること。

 

わたしがかれーの店うどんにはじめて行ったのは今から8年ほど前。

高校生の頃だった。

 

何がきっかけか今となっては覚えていないが、あれは冬の日だったように思う。

奇抜すぎる赤いホームページを隅々まで読んで訪れた、

カウンター13席しかない小さな店舗。

当時の恋人と夜のすーぷかれーをいただいた。

腹の底からあたたまるそれは食後とても幸せな気持ちになった。

わたしたちは季節限定かれーを狙って毎月うどんに通った。

 

一年間通って、全種類を制覇したわたしたちのオススメは牡蠣のすーぷかれー。

 

ほとんど生状態の牡蠣を楽しむ前半戦、

後半戦はすーぷが染みこんだ牡蠣をするっといただき、

ごはんと交互に牡蠣エキスがしみ出たスープを楽しむ。

じゅわー。うまい。

 

牡蠣×すーぷかれーの組み合わせを生み出した店主、うどんさん(勝手にそう呼ばせてもらっている)。この人がまたすごい。

石野真子さんの大ファンである店主がいるこの店舗、原則取材NGだが「真子さんが来るならOK!」とブログで公言している。

そして真子さんの直接取材を実現させているのだからすごい。

ozzyudon.jugem.jp

 

一見ひとクセあるうどんさんだが「この前モロッコ旅行に行ってきたんだよ〜」と奥さんと撮った写真を見せてくるなど、以外とお茶目な一面もある。

私自身、この店主とこのカレーにハマってしまい、大事なひとができるとすぐ連れて行きたくなってしまう。

歴代の友人・彼氏をつれてきているので、親よりも私の交友関係を知っている唯一の人間かもしれない。

そんな店主がわたしは大好きだ。

 

 

もう一店舗、長崎のマドゥバニを紹介したい。

この店主も変人奇人のたぐいで、カレー屋をやっているにも関わらず

「カレーよりもラーメンが好き」と公言している。

twitterのアカウント名も@tsukemenでやっており、そこでは長崎のカレー界隈に対する熱い檄が飛んでいる(さきほど確認したところ過去のツイートは削除されているようです)。

 

 「うちの店が流行らない長崎のカレーシーンはクソ」

などとかなり過激な発言を繰り返していたこのつけめんさんだが、

実際、カレーはとてつもなくうまい。

いかにもインドで修行してきました風のその風貌から、

現地で修行してつくったカレーかと思いきや、

「ある日突然カレー神が降臨した」というのだからヤバい。

(最初は「完全にアッチ系の人だ」と思った)

 

しかしこのひとのカレー、驚くほどうまい。

東京で100店舗以上のカレーを食べ歩いてきたが、食べたことがない味だと思った。

ジャンルは創作インドカレーといったところ。

黒いチキンがこれまたからくてうまい。イカスミを混ぜたものに漬けこんでいるらしい。

 

「一番好きな食べ物はつけめんだ」と断言する店主にこんなにうまいカレーを作られたら困る。

この人が本気出してつけめんをつくったらどうなってしまうんだ。完全に食べたい。

カウンター7席しかない、あの狭い店舗を構える長崎市まで食べに行きたい。

 

 

さて、奇人変人店主を2名続けて紹介したが、

カレー屋は店主の人間性も含めてクセになるものだと思う。

私は今回挙げたうどんさんとつけめんさん以外にも、クセのある店主・店舗を見つけ

死ぬまで通い続けたいと思っている。

 

奇人変人店主がつくるカレーはぜったいに美味いのだから。

実録・月45時間残業→月20時間残業に変えるとこうなる

残業の話が流行ってるらしいので書いてみる。

今年の4月に転職して、生活が大きく変わった。

 

月45時間残業の生活(通信業界営業職・2015年3月まで)

・トイレは仕事場

 365日電話がかかってくる職種だった。繁忙期などは休みの日でも風呂の前に業務端末を置き、電話が鳴ればシャワーを止め電話に出るという生活を送っていた(C向け担当だと電話1本を逃すだけで競合他社との顧客の奪い合いに負けることがある)。汚い話だがトイレに入っている時なども容赦なく電話がかかってくるので、便座に座りながら仕事の電話をすることも多々あった。IT業界では「トイレで寝落ちして出てこない」という話をよく聞くが、前職ではトイレに行ったっきり帰ってこない人は「電話長引いてるんだな」という印象だった。

・36協定意識しまくりの月末

 勤怠はすべて会社固定のPCのログオフ・ログオン時間で管理されていたため、月末は残業時間を計算し44:55になるように調整していた(所属部署にもよるが、当時所属していた部署は「残業は月に45時間まで」というルールがあった)。もちろんPCなしで家でできる仕事に関しては残業という概念は適用されない(上司によっては「家での残業分も申請していい」と言われるが、休日分を申請すると平日45時間では足りなくなるため実際は申請しにくい状況だった)。

・金を使う時間はたしかにない

 もともと内省的で、メンタルが強い方ではなかったので不慣れな仕事で全身にじんましんが出たりした。地方暮らしということもあって金を使う場所もとくになかったので、金は貯まった。残業代は45時間(時給1500円換算でも12ヶ月で80万になる)までならキッチリ出たので本当にありがたかった。

・見た目が老ける

 化粧を落とさず寝落ちするというパターンを何回経験したか分からない。明らかに化粧ノリが悪くなった、と実感している。老化?

 

月20時間残業の生活(人材業界編集職・2015年4月から)

・トイレはトイレ

 転職後、トイレで化粧直しをしている同僚の女性を見てびっくりした。そうか、化粧をなおす余裕がある職場なのか、ここは…!!と、衝撃的だった。寝ているひとも電話している人もいない普通のトイレだった。

・だがみなし残業

 現職ではいまだに勤怠管理システムが導入されていないため、残業という概念がない。そもそも編集という職種は業務時間という概念がないほどプライベートと仕事の境界がうすい。転職時に決められた給与には「20時間分の残業を含む」と記載があった。1時間残業しても45時間残業しても給与が変わらないというのはある意味強い。

 「集中力が続かないから家でやろう」で一時帰宅しても賃金的にはまったく問題ないのである。(情報漏洩が〜とかコンプラが〜とかそのあたりを考えると問題ありすぎだが、それはさておき)

・金を使う余裕ができた

 私は、自分が思っていた以上にひとりの時間と家が好きだった。実働時間(仕事のことを考えている時間)は前職と現職でおそらくそこまで大きく変わらないが、変なじんましんも出なくなったし、何より物欲が出てきた。Amazonでの買い物が楽しくて仕方ない。また、帰宅時間を自分都合で決めることで自炊をするようになったので、料理のレパートリーも増えた。

・見た目に気を遣うようになった

 化粧直しをする女性が存在する職場である。職業柄かもしれないが、ファッション誌を手に取る機会が増えた(最近は男性誌も勉強になるのでパラ読みしている)。前職では歯医者に行く体力的・精神的余裕がまったくなかったのでしばらくむし歯を放置してしまっていた。転職してから、歯医者にも通うことができ、快適な生活を送れるようになった。

まとめ

 人間らしい生活を取り戻せたので転職してよかった!という話。

 当然のことではあるが、業界/職種で働き方はまったく違う。いま勤めている会社でも、エンジニアと営業ではまた違った意見が出てくると思う。営業→編集に転職し、日々なんとか生きている自分は運がよかった。

 でも、異業種・未経験職種への転職は、やっぱり覚悟が必要かもしれない…楽しいけど!ということについてはまた後日書く予定。

 

著者備考:今年の4月に転職し、現在2社目。社会人3年目。未経験職種への転職だったため、仕事力は実質新人に毛が生えたレベル(一人でプロジェクトを完遂できない。デザインまわりのことやらカメラやらコピーライティングやら…勉強します……)。WEBメディア界隈の話が少し理解できるようになってきた程度。ブログがやたらと上から目線だということに定評がある。

「なんでもいい」にムカつく前に、「なに食べたい?」という質問をするな

季節の変わり目だからか、先週から風邪気味だ。

のどが痛いときは何も食べる気が起きない。

今日の夜は、カロリー摂取のためだけに白ご飯と納豆キムチとおでんを食べた。

 

むかしから人と比べて欲深い方だと思っていたが、ここ数年で食欲が減退し、美味しいお店への執着がなくなった。

というより、外食の際に選択ミスをしても気にならなくなった。

 

長崎で、朝も昼も夜もほとんど毎日ひとりでメシを食ってきた影響か

いまは誰かと一緒にごはんを食べることができる、というだけで嬉しい。

 

明日は金曜日だ。

前職は土日関わらず仕事が入る職種だったので、華金という概念がなかった。

そもそも、長崎に職場の人間以外の友人知人がほとんどいなかったので

平日の夜に職場以外の人と飲むということをあまり経験しなかった。

 

地元神奈川にほど近い東京に住んでいると「仕事帰りに高校時代の友人と飲む」

という奇跡的なイベントを経験できる。

関東を出たことがなかった大学時代まで気付かなかったが、これは相当幸せなことだ。

 

もう、あなたと会えるのであれば、何を食べて何を飲もうと何でも美味しく感じる。

以前は「なに食べたい?」という質問に対して、常に明確な答えがあったが

今は本当に「なんでもいい」と思える。

 

けれど「その回答は好ましくない」とわたしたちは知っている。

相手が気を遣って「なに食べたい?」と聞いてくれているのだから、

ある程度具体的な解を用意せねばならない。

そう、「なに食べたい?」という質問は、答えるこちら側も気を遣うのだ。

自分のおなかと相談し、相手の好みと腹具合と相手が持っていそうな引き出しを予測し、わたしたちは数ある選択肢のなかから吟味し、「なに食べたい?」という質問に答えるようにみせかけて提案する。

 

「イタリアン」「魚」「焼き肉」「中華」「タイ料理」「フレンチ」

 

その答えを受けて、あなたは該当するジャンルから数店舗選ぶと思う。

でも、わたしはあなたと一緒であれば、基本的にどこで何を食べても美味しく感じるのだ。だから、どんなお店でも嬉しい。

 

であれば「なに食べたい?」という質問は無駄かもしれない。

正解は「苦手なものある?」だと思う。

苦手なものがあればそれを避け、なければ直球で候補の数店舗を「じゃあ、●●か■■行かない?」と挙げていただければ大変うれしい。

 

※最近デートした男性がそのように提案する方だったのでほれぼれした。

※「なに食べたい?」と聞かれるのが嫌いなわけではない。

※デートでラーメン屋行くの好き派。でも、丸亀製麺に連れて行かれそうになったときはさすがに怒った。